いとしさと切なさと糸井重里

投稿者: | 2005/03/21

3月21日月曜日・振り替え休日。
出だしから滑ってますね。
今日はいよいよやってきてしまいました。
2004年度の卒業式です。
送り出す側としての参加です。


とりあえず、親の車に便乗して
京都までスイスイと行きます。
デミオのナビだと西大路を上れ、なのに
プリウスのナビは仁和寺から回り込め、という
若干のムジュンを感じつつ、Rits着。
うん、なんか騒がしいです。
さすが卒業式。
まずオリボへ行き、裏側準備を手伝います。
まき散らす紙吹雪を作ります。
まさか、ジャンプやサンデーまで切り刻むとは思わなかった。
広報課へ行き、今日の取材の確認とカメラ腕章受け取り。
んーと、奨学金授与式、総長から理事長からと
そうそうたるメンツなんですけど・・・マジッスカ。
でも、行かない訳にいかんし、取材。
うーん、キニシナイ。
奨学金を出している岡本行夫氏がメッセージで
人間はデジタル志向であるが、ひらめきはアナログから生まれる、見たいな話で
デジカメよりもアナログのカメラの方が綺麗だ、なんて話してたんです。
で、最後に全員集合の写真を撮る・・・って、聞いてないんですが、とか思いつつ
皆さんに座って貰って、撮影します。
えーっと、デジカメですいません、なんて言いつつ。
久しぶりの取材は、ボケ進行です。
続いて卒業式に潜入。うひゃー、人が多い。
スタッフに倉木麻衣の場所を聞いても教えてくれませんでした。
総長は卒業式でアメリカ批判。何言ってるんですかー。
理事長は長ったらしい割に何が言いたかったのかよくわかんないしー。
在学生代表の全学の委員長は左翼的内容の話しかしないしー。
立命館の赤い精神、ここにあり、という感じ。
いやん、めっちゃ記事書きにくいんですけど。
でも、最後にグレーター立命を演奏されてしまうと、
なんとなく、ずるい気もしました。
で、外に出て、広報課のスタッフからオリターにチェンジ。
卒業される4回生さんを胴上げ。
一通り終わって、オリボに戻って原稿を書きます。
今日中にピックアップ掲載したいそうで・・・すいすいすい。
カメラを返し、原稿を渡し、お仕事終了。
オリボ&ラウンジで久しぶりに来ていた人とかとだべりつつ。
教授&なっちゃんと共にご飯を食べに行きます。
ついつい話し込んでしまいます。
衣笠校前で新2回生とあったので、
話しながら55系統。烏丸まで行きます。
帰りの電車は”さくら”最後の校正。
う、意外とミス多いし。
家に帰ってきました。
卒業というテーマでiTunesを見ていると、
SPEEDが目にとまります。
My Graduation. 懐かしい。
それ以上にWHITE LOVEの方が懐かしく、
2003live versionがプレイリスト入り。
ますます節操なくなってきました、ごちゃ混ぜプレイリスト。
Meet the music! 2005 って名前です。
オリボで再生していたコブクロのYELLも
時期的にはピッタリな曲であります。
でも、ここはやっぱり、このフレーズを使いたいですね。
 今、君は人生の大きな大きな舞台に立ち
 遙か長い道のりを歩き始めた君に幸せあれ。
自分が1回生の時は2回生。2回生なら3回生。3回生の時には4回生。
一番身近な所にいた諸先輩方が、卒業してしまう訳です。
オリターとして、先輩として、自分の大学生活3年間のうち、
その3年の間、ずっとすぐ上にいた人たちが居なくなる訳です。
今まではその人たちが居る事が普通だったわけです。
何か聞くときも、相談するときも、ご飯を食べに行こうと思ったときも。
それが、来年は自分たちが一番上。
不安ではありますが、自分たちが最後はしっかりしなくてはいけません。
4年目にして初めての状況。
頑張らなくてはいけません。
伝えきれないほどの感謝と共に、自分たち1年頑張る宣言。
自分たちで何が出来るのか。
この3年分の真価を発揮する1年。
まさに自分たちにも、大きな舞台。

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